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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)2528号 判決

原告 国際電信電話株式会社

右代表者代表取締役 児島光雄

右訴訟代理人弁護士 芦苅伸幸

同 星川勇二

被告 藤崎康夫

右訴訟代理人弁護士 二瓶和敏

同 友光健七

同 畑江博司

主文

被告は、原告に対し、金六万二四〇〇円及びこれに対する昭和五四年六月一八日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一、二項と同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、公衆電気通信法(以下「公衆法」という。)等にのっとり、国際公衆電気通信事業を営む株式会社である。

2  被告は、公衆法による加入電話〇三―三一六局八三二五番(以下「本件加入電話」という。)の加入者であり、右電話によりブラジル連邦共和国(以下、単に「ブラジル」という。)との間で別表記載の国際通話(以下これを「本件通話」といい、その原因たる契約を「本件利用契約」という。)を行った。

3  原告は、昭和五二年五月三〇日郵政大臣に対し日本・ブラジル間の国際通話料金の改訂を申請し、同年六月二一日その認可を受け、同年七月一日からこれを実施した。このうち、指名通話料金の定め(以下「本件料金規定」という。)は、最初の三分まで五〇金フラン、超過一分までごとに一〇金フラン及び換算割合は一金フランを一二〇円とするものである。なお、料金対話者払通話は、指名通話の特別業務で、これと同料金である。

従って、本件通話料金は、それぞれ別表料金欄記載の額であり、合計六万二四〇〇円となる。

4  原告は、被告に対し、別表請求日欄記載の日に、本件通話の各料金を別表支払期日欄記載の日までに支払うよう請求した。

5  よって、原告は被告に対し、本件通話料金合計金六万二四〇〇円及びこれに対する弁済期の後である昭和五四年六月一八日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、被告が本件加入電話の加入者であること及び被告が右電話によって別表5の国際通話を行ったことは認めるが、別表1ないし4の国際通話を行ったことは否認する。

三  抗弁

1  本件利用契約の一部無効

国際通話料金は公衆法六八条二項及び六九条一項により、原告が料金の額及び換算割合を郵政大臣の認可を受けて定めるものとされているが、その決定は、原告の自由裁量ではなく、同法一条に定める「合理的な料金」でなければならない。ところが本件料金規定による料金は、次のとおり合理的な料金とは言えない。

(一) (円高による不合理)

国際通話料金は、原告と相手方国の通信業者等との協定による「協定料金」と、原告が国内の利用者から徴収する「収納料金」の二つの体系からなるが、原告は、変動相場制移行後も、この収納料金を三金フラン=一ドル=三六〇円の換算割合によって決定していた。ところが、その後の円高ドル安の外国為替相場により、本件通話と同時期の昭和五三年一〇月には一ドル=一七六円となっていたため、たとえば日米間では、三分間の通話につき、日本発信料金は二七金フラン=九ドル=三二四〇円であるのに、米国発信料金は一五四八円であるという不均衡が生じ、また日本の支払超過になった場合は、これをドルで決済すると原告が一ドルあたり一八四円の為替差益を取得する結果になっていた。本件通話対地であるブラジルとの間でも決済通貨がドルであったとすれば、日米間と同様の状態であったはずである。そして、右のような円高による原告の利得は、昭和五三年度において五億八七〇〇万円に上っていた。

(二) (不当な高収益)

原告は本件通話当時莫大な収益を上げていた。すなわち、原告の昭和五三年度決算における経常利益は九七億七八〇〇万円で企業収益率は一六・〇七パーセントであるが、これは他の公共企業の企業収益率を大幅に上回っている。また、同決算における収支差額は三九〇八億円であるが、これは第七八回国会の決議により発足した電信電話諮問委員会が答申した基準(これを原告にあてはめると適正差額は一三二〇億円ないし一八五八億円となる。)を大きく上回っている。

しかし、そもそも原告は独占的な公共企業であって、右のような莫大な収益を上げる必要はなく、これをもたらした国際通話料金は不当に高額であって合理的料金とは言えない。

(三) (利得の不当使用)

しかも原告は、右の莫大な収益を公衆電気通信役務の迅速確実な提供のために用いたり、利用者全体に還元することを怠り、かえって昭和五二年末ころから、当時高まってきた国際通話料金の値下げを求める世論に対抗するため、右収益を用いて郵政大臣、郵政省官僚、国会議員等に対する買収贈賄工作(多額の金品贈与、物品の購入、工事の発注、飲食等の接待、パーティー券の購入等)を行った。昭和五三年度の原告の交際費は二二億五八〇〇万円にも上るが、その大半は右のような支出である。こうして原告は国際通話料金の値下げを阻止し、その後も不合理な料金による利得を維持継続したのである。

右(一)ないし(三)によれば、本件料金規定による料金は、換算割合にして当時の外国為替相場である三金フラン=一ドル=二〇〇円以下を超える限度で、又は料金額にして昭和五五年一二月一日から実施された二二パーセント値下げ料金を超える限度で不合理であるから、本件料金規定に従った本件利用契約は、右不合理な部分につき公衆法一条、六八条二項及び六九条一項に反して無効であり、仮にそうでないとしても右各条項の趣旨に反するので公序良俗に反し、民法九〇条により無効である。

2  相殺

(一) 被告は、昭和五三年九月四日に第三者から本件加入電話を買受けたので、同日以降原告は、公衆法の前記各条項に基づいて、被告に対し、国際通話料金を郵政大臣の認可を受けて合理的料金にすべき債務を負担した。しかし、原告は右債務を履行しなかったので、被告は1の不合理な料金部分についても請求を受けるという損害を被った。従って被告は原告に対し右損害の賠償請求権を有する。

(二) 被告は、原告に対し、昭和五五年九月八日の本件口頭弁論期日において、右損害賠償請求権をもって原告の本訴債権とその対当額にて相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  抗弁1(本件利用契約の一部無効)について

(一) 公衆法一条は、同法の根本理念を宣明し、立法目的を規定したにすぎないから、本件利用契約の効力にかかわるものではない。また本件利用契約は公序良俗に違反するものではない。

(二) 同(一)(円高による不合理)について

(1) 国際通話料金が、「協定料金」と「収納料金」の二つからなることは認める。協定料金は関係二国間で、世界共通の貨幣単位である「金フラン」により決定し、収納料金は各国ごとに協定料金を自国通貨に換算して決定するもので、換算の基礎となる貨幣はドルではない。右換算の割合は、各国とも自国の通信政策、物価水準、サービス提供のための費用等を考慮して決定している。

(2) 国際通話料金の二国間決済は、協定料金にのっとり両国間の発着通信量の差について行う。従って、決済による為替差益は右の差の部分について生じうるにとどまり、しかも長期的には発着通信量はおおむね均衡するから、為替差益が生ずるとしてもわずかである。

(3) 収納料金の各国間格差の調整は、通貨事情の不安定等により非常に困難な状況にあるし、国内的にも、物価の上昇による事業運営費の上昇、技術革新の必要等のため、単純に通貨変動に追随した料金改定を行うことはできない。また、本件通話と同時期のブラジル発信料金(但二〇パーセントの税金を含む。)は、当時の外国為替相場によって円に換算すると、日本発信料金よりわずかながら高額である。

(4) 日本・ブラジル間通話についての当時の決済通貨は、ドルではなくドイツマルクである。

以上によれば、本件料金規定による料金につき円高による不合理はない。

2  抗弁2(相殺)について

原告が被告に対し国際通話料金を合理的料金にすべき債務を負担したことは否認する。公衆法一条等はいずれもそのような債務の根拠とならない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因について

1  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

2  請求原因2のうち、被告が本件加入電話の加入者であること及び被告が同電話によりブラジルとの間で別表5の通話を行ったことは当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》によれば、同電話によりブラジルを発信地とする別表1ないし4の各通話が料金対話者払通話として行われ、いずれにおいても、対話者となった者が、ブラジル側交換手に対し、料金を支払う旨を承諾したことが認められ、また《証拠省略》によれば、同電話が被告の事務所に設置されていたことが認められるから、右各通話の対話者は被告又は被告にその使用を許諾された者であると推認することができる。この点につき、被告本人は、右各通話が行われたとされる昭和五三年一〇月六日から同月三〇日の間、被告は同事務所に行ったことはないし、被告の助手の訴外中平長次からもこの間にブラジルから電話がかかってきたことはないとの報告を受けた旨供述する。しかし、《証拠省略》によれば、当時、被告はブラジルの日刊邦字新聞の東京支社長をしており、同事務所にはしばしばブラジルから電話がかかっていたこと、また、前記各通話はいずれも「タカハシ」姓の者が発信者であるが、これらのうち別表1の通話については、当初、発信者は東京都府中市の被告の自宅に設置された電話宛に通話を申し込み、対話者としても被告を指名しており、同表3の通話についても、発信者は着信対地を「府中」と告げ、対話者として被告を指名していることが認められ、更に《証拠省略》は、交換手が日常の交換業務の過程で機械的に作成したものと考えられるから、被告本人の前記供述をもって前記認定を覆すには足りず、他にこれに反する証拠はない。

3  《証拠省略》によれば、請求原因3の事実が認められ、同4の事実は、被告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

二  抗弁1(本件利用契約の一部無効)について

1  被告は、公衆法一条、六八条二項及び六九条一項違反を理由として本件利用契約の料金の定めが一部無効であると主張する。しかし、同法一条は、同法の基本的目的を掲げる規定であって、公衆電気通信役務を「合理的な料金」で提供すべき旨を定めるほかは、その具体的算定基準を何ら示すものではなく、料金の定めの効力にかかわる規定ではないと解され、また同法六八条二項及び六九条一項は、原告が料金の額及び換算割合を定めるにつき郵政大臣の認可を必要とする旨の規定であって、いずれもその内容に関するものではない。そして、本件料金規定が郵政大臣の認可を受けて定められたことは前記認定のとおりであり、右各条項を根拠として本件利用契約の料金の定めを一部無効とすることはできない。

2  次に、被告は本件利用契約の料金の定めが公序良俗に反すると主張するので、この点につき判断する。

(一)  抗弁1(一)(円高による不合理)について

国際電気通信条約(昭和五〇年条約第一一号)及び同条約を補充する電話規則によれば、国際通話料金には、関係二国間で金フランを貨幣単位として合意する「計算料金」と各国がその国の利用者から収納するために設定する「収納料金」の二種があり、関係二国間の国際通話料金の決済は、原則として金フランを単位とする双方の発信量の差について、発信量の多い国から少ない国に対し両国の協議等により定められた決済通貨をもって支払うことによりなされることとされている。ところで、被告は原告が右決済により多額の円高差益を得ていたと主張するが、右のとおり、決済は二国間における発信量の差についてなされるにすぎず、しかも日本側は支払側又は受取側のいずれにもなりうるのであるから、単に前記換算割合が外国為替相場における円の実勢に合致しないことだけから、多額の円高差益が生じていたと認めることはできない。また、《証拠省略》によれば、本件通話当時、日本・ブラジル間の通話料金の決済通貨はドイツマルクであったことが認められる(《証拠判断省略》)ところ、ドイツマルク決済であることによって日本側に利益が生じたことを認める資料もない。従って、日本・ブラジル間の決済に関する限り、原告が本件通話のころ、右決済によって多額の円高差益を得ていたとは認め難い。また、仮に原告が、日米間等の決済によって多額の円高差益を取得したとしても、このことと日本・ブラジル間の通話料金の合理性の問題は無関係である。

日本・ブラジル間通話に関する両国の収納料金の比較においても、《証拠省略》によれば、当時のブラジル側収納料金の円換算額(当時の外国為替相場による。)は、課税額を加算すると本件料金規定による日本側収納料金に比して低額ではなかったことが認められるから、両国の収納料金は不均衡とは言えない。

このように、円高に関して、本件料金規定が不合理であり、原告がこれにより不当な利益を得ていると認めるべき資料はなく、本件利用契約が公序良俗に反するような事実は認められない。

(二)  同(二)(不当な高収益)について

原告が公共性を有する国際電気通信業務を独占的に提供する企業であることにかんがみると、原告が、一般利用者に対する優越的地位を利用して、不当に高い収益を得るために不当に高い料金を設定することのないよう、何らかの法的規制を行う必要性は十分認められる。しかし、原告の適正利潤の程度やそれに見合う合理的な料金の額は、事業運営費の変動、技術革新の必要等様々な要素を考慮して決すべきものであるから、原告の定める料金に対する規制は、主として、公衆法六八条二項及び六九条一項の料金の額及び換算割合に対する郵政大臣の認可制度や、国際電信電話株式会社法上郵政大臣に与えられた原告に対する監督権(原告の役員の選任及び解任、定款の変更、利益金の処分、毎営業年度の事業計画等についての認可制度など)の行使等の行政的手段によりなされるべきものであり、原告がこれらの行政的規制に従って通話料金等を定めている以上、他に格別の事情がない限り、利用者との間の通話に関する契約が料金の不当性の故に公序良俗に反するということはできないというべきである。

このような観点からみれば、仮に原告の昭和五三年度決算における経常利益、企業収益率及び収支差額に関して、被告主張のような事実が認められ、当時原告が他の公共企業よりも相当高い収益を上げていたとしても、これらの事実をもって、郵政大臣の認可手続を経た本件料金規定に従った本件利用契約が公序良俗に反すると言うことはできない。

(三)  同(三)(利得の不当使用)について

仮に被告主張のとおり、原告がその高収益を用いて、国際通話料金の値下げを阻止するために様々な政官界工作を行ったとすれば、独占的な公共企業たる原告は強い社会的非難を受けてしかるべきであるが、そのことがただちに個々の電話利用契約の私法上の効力に影響するものとはとうてい解しがたいばかりでなく、右政官界工作が請求原因3の郵政大臣の認可に際して行われたとの主張はないし、当時本件料金規定による料金を値下げすべき具体的理由及び具体的状況が存在したのに、右政官界工作によってこれを阻止したというような経緯を認めるに足りる証拠はないから、前記主張事実をもって、本件利用契約が公序良俗に反するものとすることはできない。

(四)  抗弁1(一)ないし(三)の主張事実それぞれについての判断は以上のとおりであり、同(一)の認定事実及び同(二)(三)の主張事実を総合しても、本件利用契約が公序良俗に反するとすることはできない。

3  以上のとおり、抗弁1はいずれも理由がない。

三  抗弁2(相殺)について

被告の主張する原告の債務について検討するに、まず、国際電話の利用関係が、利用者と原告の間で個々の通話ごとに成立する国際電話役務の利用契約に基づくものとした場合は、両者間には、個々の利用契約以前に何らの継続的契約関係がないのであるから、原告が利用者に対し、国際通話料金を合理的料金にすべき債務を負担する余地はない。仮に日本電信電話公社と公衆法上の加入電話加入契約を締結した者(加入電話加入者)は、同時に原告との間でも何らかの継続的契約関係に立つとしても、契約の性質上当然に又は当事者の暗黙の合意により右のような原告の債務が生ずるとは解されず、また被告指摘の同法一条、六八条二項及び六九条一項は前記二1に述べたとおりの規定であって、加入電話加入者に対する私法上の義務を定めたものではなく、同法及び関係法令中、他に右債務の根拠となる規定は見出せない。

従って、原告が被告に対し、被告主張のような債務を負っていたとは解されないから、抗弁2は失当である。

四  以上によれば、本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田宏 裁判官 鈴木健太 半田靖史)

〈以下省略〉

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